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「安定して100を切りたいんです」
初めてのレッスン。
田中さんは少し背筋を伸ばして、そう宣言しました。
迷いのない、まっすぐな言葉。
いい目標だと思いました。
だからこそ、私はあえて足元を確認するように尋ねました。
「田中さんにとって、“100切り”ってどんなゴルフのイメージですか?」
少しの間。
頭の中で理想のプレーをなぞるようにして、答えが返ってきます。
「……ドライバーをしっかり飛ばして、アイアンでピンを狙っていく。そんな感じでしょうか」
――よくある、そして最も危険な答えです。
いわゆる「いいゴルフ」のイメージ。
私は深くうなずき、静かに、しかし明確に告げました。
「すごくよく分かります。格好いいですよね」
そして、ひと呼吸置いて続けます。
「でも――そのイメージを追いかけているうちは、たぶん100は切れません」
田中さんの表情が、微かに凍りつきました。
「100を切るというのは、“ナイスショットを打つこと”じゃないんです」
混乱する田中さんの目を見つめて、私は言い切りました。
「“スコアを崩さないこと”。ただそれだけなんです」
田中さんは黙って聞いています。
私はホワイトボードにペンを走らせました。
「田中さん、計算してみましょう。全ホールをボギーで上がったら、スコアはいくつになりますか?」
「ええと……90、ですね」
「そうです。じゃあ、そのうち半分、9ホールでミスをしてダブルボギーを叩いたとしても?」
「……99、ですか」
私はペンを置き、田中さんを振り返りました。
「そうなんです。パーなんて一つも要らない。ボギーを狙って半分ミスをしても、100は切れます。」
「100が切れない原因は、技術不足じゃありません。
一回のミスが二打、三打と連鎖して、“+3”や“+4”を作ってしまう。その“崩れ”にあるんです」
「ゴルフは足し算のスポーツですが、100切りに関しては引き算で考えるべきなんです。
上手さを足すのではなく、致命的なミスを削っていく」
しかし、ここで一つ問題があります。
「どこで崩れているか」は、自分ではほとんど分かりません。
なんとなく「今日はダメだった」と感じても、
実際には
・ティーショットで崩れているのか
・セカンドで無理をしているのか
・アプローチで傷口を広げているのか
ほとんどの人が、“感覚”でしか捉えていません。
だから同じミスを、何度も繰り返してしまうんです。
沈黙が流れました。
田中さんの脳裏で、過去のラウンドの苦い記憶と言葉が結びついていくのが分かります。
「だから田中さん。まずは“いいショットを増やす”練習はやめましょう。
“崩れない打ち方”と、“崩れない考え方”を身につける。そこから始めませんか」
数秒後、田中さんは深く、ゆっくりとうなずきました。
「なるほど……。そう考えると、少し気が楽になります」
多くのゴルファーが、「ナイスショットの数」と「スコア」を比例関係だと思い込んでいます。
でも、実際は違います。
最高の一打があっても、大叩きをすればスコアは沈む。
平凡な一打しかなくても、ミスを最小限に抑えればスコアは整う。
ゴルフの本質は「卓越」ではなく「安定」にあります。
私は最後に、少し悪戯っぽく付け加えました。
「まずは――“ナイスショット”を打ちたいという欲を、捨てていきましょう」
田中さんは苦笑しながら言いました。
「そんなこと、言われたの初めてですよ」
この時の田中さんは、まだ自分のゴルフが「どこで」「なぜ」崩れているのか、その正体が見えていませんでした。
でも、逆を言えば。
「ボギーでいい」という基準さえ自分の中に持てれば、100切りなんて通過点に過ぎません。
「田中さん、まずはスイングを撮影しましょうか」
「自分の? スイングですか?」
不思議そうに首を傾げる田中さんの横で、私はスマホをスタンドにセットしました。
ここまで読んで、どう感じましたか?
もしかすると、田中さんと同じように
「ナイスショットを重ねれば100が切れる」
そう思っていませんでしたか?
100切りは、いいショットの数ではなく、
“崩れをどれだけ減らせるか”で決まる。
その気づきがあれば、あなたのゴルフはもう変わり始めています。
\続きを読む/第2話 感覚の嘘を暴く



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