【第9話】なぜ練習場では打てるのに、コースで崩れるのか?解決のカギはユルユルグリップ!

ユルユルグリップ 100切り物語
100切りを目指すシニアゴルファーとコーチのレッスンを描いた連載です。
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夕方の練習場。

打席の照明がつき始めて、ボールだけが白く浮かび上がる時間帯だった。

少し遅れてやってきた田中さんは、クラブケースを置くと、肩を落として笑った。

「コーチ……結局102でした」

悔しさよりも、理由がわからない戸惑いに近い顔だった。

「練習場ではちゃんと打ててたのに、コースに出たら急に当たらなくなるんですよ。自分でも、何がなんだか」

「今日は、その話から始めましょう。まず何球か、いつも通り打ってみてください」

田中さんは、静かに構えた。

ボールは、方向も高さも安定している。力みがない。スムーズだ。

私は、田中さんの手元を見た。

指先は柔らかく、手首も自然に動いている。グローブがゆったりしている。

これが、田中さんの”本来の手”だ。

「田中さん、今どれくらいの強さで握ってます?」

「え? うーん……落とさない程度に、軽くですかね」

「そうですね。今の手、すごく良いです」

田中さんは、少し照れたように自分の手を見た。

「じゃあ……コースではどうなってるんでしょうね?」

田中さんが、ふとそう言った。

その瞬間だった。

田中さんの指が、じわっと締まった。

グローブに、小さなシワが寄った。本人は気づいていない。

私は、何も言わずに見ていた。

田中さんは、そのままクラブを構えようとした。

「田中さん」

「はい?」

「今、手を見てみてください」

田中さんは、首をかしげながら自分の手を見た。

少し間があった。

「……あれ」

白くなっていた。指の関節が。

「……ギュッと握ってる」

「はい」

「コースの話をしただけなのに?」

「はい」

田中さんは、しばらく自分の手を見つめたまま、動かなかった。

「信じられない……自分でも気づかなかった」

「ほとんどの人が気づきません。無意識ですから」

「じゃあコースでは、ずっとこの手で打ってたってことですか」

「おそらく、1番ホールのアドレスから、もうこうなっています」

田中さんは、ゆっくり息を吐いた。

長い沈黙だった。

67年間、自分の手がこんなことをしていたと、今はじめて知った人の顔だった。

「田中さん、少し物理の話をしていいですか」

「はい」

「クラブのシャフトは、しなるように作られています。このしなりがヘッドを走らせて、ボールに力を伝える」

「はあ」

「グリップを強く握ると、このしなりが死ぬんです。腕とシャフトが一本の棒になって、ヘッドが走る前に止まってしまう」

田中さんは、黙って聞いていた。

「だから——力を入れるほど、飛ばなくなる」

「逆なんですね」

「逆なんです」

田中さんは、自分の手をもう一度見た。

「じゃあ僕は今まで、コースに出るたびに……自分でスイングを殺してたってことですか」

私は、正直に答えた。

「はい。でも田中さんだけじゃありません。多くのアマチュアの多くが、同じことをしています」

「どうすればいいんですか」

「コースでも、今ここでの手で握ること。それだけです」

「それだけ?」

「それだけです」

田中さんは、力を抜いてクラブを握り直した。さっきの”練習場の手”に戻った。

「このくらいですか」

「そうです。そのまま打ってみてください」

田中さんが構える。肩の力が、自然と落ちている。

テイクバック。切り返し。インパクト。

ボールは、まっすぐ飛んでいった。さっきと同じ、素直な球だった。

田中さんは、飛んでいったボールをしばらく目で追っていた。

「……同じなんですよね、結局」

「はい」

「コースでも、これをやればいいだけなんだ」

「そうです」

また、少し間があった。

「なんで今まで、わからなかったんだろう」

その言葉は、私に向けたものではなかった。自分自身に、静かに問いかけていた。

帰り際、田中さんはクラブケースのジッパーを閉めながら言った。

「コーチ。ずっと、スイングが悪いんだと思ってました。だから直そうとして、練習場に来るたびにフォームをいじって……」

「はい」

「でも、違ったんですね」

田中さんは、ゆっくり立ち上がった。

「崩れてたのは、スイングじゃなくて——手だったんだ」

照明の下で、田中さんの横顔は穏やかだった。長年背負っていた何かを、ようやく下ろした人の顔に見えた。

「次のラウンド、この手で行きます」

「楽しみですね、次のラウンド」

田中さんは、今度は照れずに笑った。

\続きを読む/第10話 残り3ホールの欲

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